年賀状の再興により得られる物

パソコンの普及によりインクジェット式のプリンタに対応した年賀状が好評だと盛り上がっていたのは少し前の話で、近年においては年賀状の売れ行きは減少してきているといいます。テレビなどでは「若者のメール文化」をやり玉にあげてその理由としているようですが本当にそれだけなのでしょうか。
携帯電話やパソコンでのメールも文化ですので単純に引き算はできませんが、今の世の中にメールが無かったとして、年賀状はかつての趨勢を保っていられたでしょうか。たぶん無理だったでしょう。そう考えるのは以下のような理由からです。
近年の不況の煽りをうけ、個人と同等に礼節を重んじる法人組織において年賀状を廃止する動きがありますし、組織のポリシーとしてに上司への年賀状は禁止という会社もあったりします。それでなくとも、かつては当たり前のようになされていた上司への年賀状などが確実に減ってきています。つまり人間関係の変化というか希薄化が年賀状を遠ざけているのです。
また、近頃の若者はといいますが、学生のような若い人たちは休みがあければ友と顔をあわせるでしょうから元々あまり年賀状を書かないのではないかと思います。それはかつて学生だったことがある人なら納得いく感覚でしょう。一方、社会人となれば年賀をメールで済ますのは礼儀は身につけているでしょうから、年賀状をメールで代替するということはあまりおこらないでしょう。メールでおくるような相手にはメールでなかったら送らないということです。
別の視点をあげると、少子化も原因の一つだろうと考えます。祖父母らはたいてい孫の一人一人に年賀状を書きますから、子供の数が半分になれば彼らが送る年賀状の数も半分になるでしょう。年末年始に仕事だという人が増えたこともそこに加えられるかもしれません。ゆっくりと年賀状を用意したり、送られてきたものを見たりする余裕が無くなり、年賀状そのものに感心がうすくなってしまっていることも考えられます。
このような現状に、日本の年賀状文化を守ろうとさまざまな試みが行われています。SNSサービスでは、インターネットの申込みで本名をしらないような相手にさえ紙の年賀状を遅れる企画をしていたり、ラジオ局では年賀状を募集し送ってきてくれた人の中から数千というわりと大きな単位での抽選で年賀状の返信をしていたりします。
年賀状は芸術や伝統工芸などのように、それとして保護するようなことはできないいものです。もちろん飾っておきたくなるような年賀状は存在しますが、年賀状としうものは共通の美を定義できるような芸術の範囲にはあらず、人と人の繋がりという形のないものを含んでいるからです。
年賀状を再興させることは、震災以来日本人の合い言葉となっている「絆」を深める一つの方法かもしれません。

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